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荘川桜コラム:大移植後の、荘川桜に対する村の人々の思いについて < 荘川桜トップ

荘川桜コラム

大移植後の、荘川桜に対する村の人々の思いについて

枝のほとんどを失った2本の桜は、湖底に沈んだ村を見下ろすように植えられました。一葉のゆらめきさえなくし、寒風にさらされた無惨な姿からは、移植が完了しても、桜がもとのように美しい花を咲かせるとは、村人さえも思えませんでした。
世間の反応も冷ややかでした。地元の人々の喜ぶ顔を想像していた笹部氏は、がっくりと肩を落としたのです。

ところが、多くの人々がこの桜に注ぎ込んだ情熱は、決して無駄ではありませんでした。日を追うごとに若芽が伸び、老桜は元気をとりもどし、そして、奇蹟が起きたのです。

昭和45年(1970年)、故郷がダムの底に沈んでから10年、荘川村にやってきた遅い遅い春のこと。2本の老桜は、もとのように大きな枝を天へとひろげ、そこに、鮮やかな花を咲かせました。
老桜のまわりには、県内外に散在していた400人もの人々が、『ふるさと友の会』結成を機に戻ってきました。この時、高碕総裁と丹羽氏、2人はすでに世を去っていましたが、笹部氏が、満開の桜と、村人の笑顔を見届けました。

高台に、クレーン車によって引き上げられた荘川桜。御母衣湖を見下ろすように植えられました

高台に、クレーン車によって引き上げられた荘川桜。御母衣湖を見下ろすように植えられました

深緑の荘川桜を取り囲んで、盛大に行われた“ふるさと友の会”

深緑の荘川桜を取り囲んで、盛大に行われた“ふるさと友の会”

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